韓国ドラマ『サラ・キムという女』は、高級ブランド街の真ん中で顔の潰れた女の死体が見つかるところから始まるミステリードラマ。
この記事では、全話見た私の感想を、なるべくネタバレにならない範囲で正直にお伝えします。

隙間時間が10分あれば韓ドラを見る。ラブコメとマクチャンドラマが大好物のドラマヴィータ管理人がお届けします。
『サラ・キムという女』の配信・作品情報を解説した記事はこちらです↓
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簡単なあらすじ
都会の中心部で発見された一つの遺体。急成長を遂げた高級ブランド。そして、何度も塗り替えられていく、ある女の「話」。
一人の刑事が、その矛盾だらけの証言を丁寧に掘り起こしていく。真実はどこにあるのか。果たして、この女は何者だったのか——。
シンプルな構造に見えて、見ているうちにどんどん「本物と偽物」というテーマが頭から離れなくなる、そんな作品です。
『サラ・キムという女』全話見た感想
このドラマをみている時、最初から最後まで「サラ・キムという女」は何だったのか?ということが頭にありました。最後まで見て、釈然としないものがあり、矛盾も感じられました。
「偽物」を憎んでいたのに、自分も「偽物」だった
物語を見ながらずっと引っかかっていたのが、サラという女の矛盾です。
彼女は偽物を心の底から嫌っていました。高級ブランド「BOUDOIR(プドゥア)」の韓国支社長である自分に成り代わろうとする人物を、徹底的に憎んでいた。それだけ「本物」というものに強いこだわりがあったはずなのに——。
なのに最後、彼女はそのサラという名前自体を最後には捨てます。それは逃げだったのか。それとも、本物・偽物の枠組みそのものを超えようとしたのか。

見終わったあと、しばらくその余韻が頭に残りました。
「本物より完璧な偽物」というアイロニー
このドラマで一番唸ったシーンが、エルメスの赤いバッグにまつわるエピソードです。
サラがブランドの出資者であり親友ヨジンに贈ったそのバッグ、実は偽物でした。でも発覚した理由が面白い。「縫い目が完璧すぎたから」。本物のブランド品より、精巧に仕上げられていたんです。
本物を超えた偽物は、もはや偽物と呼べるのか。
”本物と区別できなければ、偽物とは言えない”——このセリフ、じわじわ効いてきます。

BOUDOIRというブランドも、もともとは安価なバッグを「ほんの一握りのセレブしか手にできない幻のブランド」として育て上げたもの。その戦略眼と話術は圧巻で、見ていてゾクゾクしました。
バッグに語りかける女の、孤独
サラの人物像で忘れられないシーンがあります。
Diorのバッグに向かって、「こんなところにいちゃだめ。逃げなさい」と声をかける場面。
バッグに自分を重ねているのか。それとも、自分自身に言い聞かせているのか。あのシーンだけで、サラという人物の孤独と複雑さが一気に伝わってきました。華やかなブランドの世界を舞台にしながら、どこか寂しげなんです、この女。

途中まで彼女は、自分自身が「本物」になろうとしていた節があります。でもその道が断たれ、代わりにBOUDOIRというブランドに「本物であること」を託していったのかもしれない——そんなふうに受け取りました。
まとめ
『サラ・キムという女』は、サスペンスの皮をまとった「本物とは何か」を問う哲学的なドラマでした。
華やかなブランドの世界、二転三転する証言、そして一人の女の孤独な野望。それらが絡み合って、最後まで目が離せません。見終わったあとに「本物って、なんだろう」とぼんやり考えてしまう——そんな余韻の残る一作です。

ミステリー好きはもちろん、人間の虚栄心や孤独に興味がある方にも、ぜひ見てほしい作品です。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。



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