韓国ドラマ『二十五、二十一』は、夢を追いかける高校生ヒドと、家業の倒産で一夜にして生活が激変した大学生が出会う、1990年代末を舞台にした青春ヒューマンドラマ。
この記事では、全話見た私の感想を、なるべくネタバレにならない範囲で正直にお伝えします。

隙間時間が10分あれば韓ドラを見る。ラブコメとマクチャンドラマが大好物のドラマヴィータ管理人がお届けします。
『二十五、二十一』の配信・作品情報を解説した記事はこちらです↓
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簡単なあらすじ
『二十五、二十一』は、夢に向かってひたむきに走る女子高生と、すべてを失って立ち止まった男性の出会いを描く青春ドラマです。
舞台は1998年の韓国。アジア通貨危機のただなかに、フェンシングに情熱を燃やす高校2年生ナ・ヒド(キム・テリ)がいました。ところが、所属していたフェンシング部が廃部に。それでも夢をあきらめられないヒドは、金メダリストのコ・ユリム(ボナ)が在籍する高校へ転校するという大胆な決断を下します。
一方、父の会社が倒産し、豊かな暮らしが一夜で崩れ落ちた大学生ペク・イジン(ナム・ジュヒョク)。生活を立て直そうと、ヒドの住む街の古びた借家へと引っ越してきます。
ひょんなことから交差したふたりの人生。時代の波に翻弄されながらも、5人の若者たちは夢と友情と恋に全力でぶつかっていきます。
『二十五、二十一』全話見た感想
最初は「よくある学園もの?」と思っていたのに
正直に言います。見始めた最初のうちは、「昔よくあった学園もの」と感じていました。オープニングの懐かしいムードや、学校という舞台設定——どこかで見た景色のような気がして、少し距離を置いて見ていたんです。
ところが。主人公ヒドがとにかく、すごい。
言い訳しない。立ち止まらない。「フェンシングが続けたいから転校する」という行動力の速さに、気づいたら画面に引き寄せられていました。彼女の真っ直ぐさが、物語のエンジンになっているんです。

キム・テリというひとりの女優が、このドラマをどれだけ力強く引っ張っているか。見ながら何度も、そのことを実感しました。
「青春」を追体験させてくれるドラマだった
見終わってしばらく、このドラマのことが頭から離れませんでした。
それはたぶん、ヒドの初恋と夢、そして5人の仲間たちの友情が、どこか自分自身の記憶と重なって見えたからだと思います。
誰かのために、がむしゃらに走った時間。うまくいかなくて悔しくて、それでもやめられなかった何か。このドラマを見ている間、そういうものをもう一度、体の中に取り戻せたような気がしました。

自分がとっくに置いてきたはずの「青春」が、このドラマのなかにはまだ、ちゃんと生きていた。そんな感覚です。
時代に翻弄される若者の姿に、自分を重ねた
1998年の韓国を舞台にしたこの物語には、もうひとつ大切なテーマが流れています。それは「時代」というもの。
通貨危機のせいで夢を奪われたキャラクターたちを見ていると、「時代って、人の人生を変えてしまうんだな」と、しみじみ考えさせられます。
私自身、就職氷河期と呼ばれた世代で生きてきました。求人票を見るたびに感じていた、あの重たい空気。仕事を探すことすら難しかった時期のことを、このドラマを通してぼんやりと思い出しました。ただ、時代は重さだけでできているわけじゃなくて。平和で、自由で、かけがえのかけらもあった。

人は時代の波にのって生きている——ドラマのなかのセリフではなく、自分自身の実感として、そう思えた瞬間がありました。
まとめ
『二十五、二十一』は、青春の眩しさと、時代の重さを同時に描いた、じんわりと心に残るドラマでした。
最初は「ちょっと王道かな」と感じていたのに、気づけば完全にのみ込まれていた。そのくらい、キャラクターたちの熱量が本物だったということだと思います。見ている間じゅう、ずっと胸のどこかが温かかった。そして見終わったあと、少しだけ、自分のことが好きになれるような気がしました。
夢のことを考えるのが久しぶりになってしまった方にも、ぜひ見てほしい一作です。

個人的には、主演キム・テリの演技への没入感が、このドラマの最大の強みだと感じています。彼女の表情ひとつで、こちらの感情がぐらりと動く。そんな体験ができる作品です。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。



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